ブラームス 交響曲第1番 ベーム&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1975)
指揮 :カール・ベーム
録音:1975年 5月、ムジークフェラインザール(ウィーン)
レーベル:ドイツ・グラモフォン
ベームによるブラームスの交響曲第1番の演奏は、ウィーン・フィルとの東京ライヴ(1975)やベルリン・フィルとの録音(1959)などが有名かと思いますが、私はこのウィーン・フィルとのセッション録音も長らく愛聴しています。
というのも、私が人生で初めて購入した交響曲のCDがこの1枚だからです。当時、吹奏楽にどっぷり浸かっていた高校時代の私は、オーケストラの演奏を聴くことはあったとしても、ラヴェルやドビュッシー、レスピーギらといった、吹奏楽で演奏するためにアレンジされた作品のオリジナルの響きを確認するため程度のもので、鑑賞には至っていないきらいがありました。
そんな私は、表面的な標題から切り離された、葛藤や問い、ロマンを内包し、ひとつの宇宙を形作っていくこの作品の虜となることになります。
ブラームスの特徴は、なんと言っても重厚なオーケストラの響きと、第2ヴァイオリンやヴィオラが担う内声部の機微といえるでしょう。
この演奏はそういったツボをおさえたいわゆる王道のスタイルだと思います。それだけには留まらず、柔らかさや伸びやかさといった性格も持っていると感じますし、ある種の固さやパワーが特徴的なベルリン・フィルとの録音と比べても、音楽の自然な流れを感じやすいこちらの演奏が好みです。
リスト 交響詩「前奏曲」 シノーポリ&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1996)
リスト
指揮 :ジュゼッペ・シノーポリ
録音:1996年9月、10月
レーベル:ドイツ・グラモフォン
リストは標題音楽の草分けとして、「交響詩」というジャンルを確立した人物です。交響詩とは文学的、絵画的な内容を標題に即して音楽で表現するというジャンル。
今回ご紹介する「前奏曲」は『私たちの人生は、死へのプレリュード(前奏曲)である』というフランスの詩人ラマルティーヌの詩からとったもの。
無の底から湧き上がってくるような弦楽器のモチーフがどんどん上昇して、木管楽器の澄んだ高い音色まで届いていきます。
シノーポリとウィーンフィルの演奏は、音の始まりと終わり、そして楽器同士の音の受け渡しが滑らかで、全体として柔らかい響きがとても魅力的。
アクセント(強調して)の音符が続く場面でも、音を分離させたり叩きつけるような表現にせず、一度塗った絵具のさらに上から色を塗り重ねていくように一音ごとに厚みを増していき、音楽の迫力がより立体的に伝わってきます。
シューベルト 交響曲第5番 ワルター&コロンビア交響楽団(1960)
指揮 :ブルーノ・ワルター
録音:1960年 2月26日&29日・3月3日、American Legion Hall(カリフォルニア)
レーベル:SONY
シューベルトの交響曲第5番は、彼の交響曲の中でもとりわけ穏やかで優しさにあふれた作品です。彼が敬愛したモーツァルト譲りの軽快さにあふれている一方で、同じく尊敬の対象であったベートーヴェンの作品に見られるある種の深刻さとは無縁であることが、この曲のキャラクターをいっそう際立たせていると思います。
第1楽章の導入は落ち着き目のAllegro。アレグロと言うと、「速く」というイメージを持ちがちですが、ここでは「陽気な」とか「リラックスした」といったような、心の高揚を感じます。
ワルターの演奏は、静と動、緩と急の対比が鮮やかです。
それがこの交響曲の持つ優美さと、その影にある寂しさの陰影に気付かせてくれます。第1楽章の展開部に見える揺らぎや、思いを巡らせながらゆっくりと自己の内面に沈降していく第2楽章、第3楽章はトリオの流線美、そして第4楽章ではあっけらかんと現れる軽快な3連符・・・
挙げていけばキリがありませんが、いわゆるピリオドアプローチなどの演奏スタイルなどではなかなか得られない味わいや愉しみが、この当時ならではの演奏には詰まっています。
メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」 マズア&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1972)
指揮:クルト・マズア
録音:1972年 1月8日~9日
レーベル:DENON
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は、メンデルスゾーンゆかりのオーケストラです。今回ご紹介する「スコットランド」は、メンデルスゾーン自身の指揮によってゲヴァントハウス管の演奏で初演されています。
「スコットランド」というタイトルは、メンデルスゾーンがスコットランド地方を旅した際に、エディンバラのホリールード宮殿で着想したメロディが使われていることからとられているものだそうです。
ホリールード宮殿はメアリ・ステュアートゆかりの城で、すぐ隣にはメアリが王位を継承した礼拝堂があります。メンデルスゾーンが目撃したのは、過去の栄華とは裏腹に、朽ちて果て、草や蔦の侵入を許している礼拝堂の姿でした。堂内にはやぶれた屋根から空の光が差し込んでいました。
第1楽章序奏の旋律が、まさに先に述べたそのメロディのことで、悲劇的な印象をうけるものなのですが、マズアはその感傷にはひたり過ぎない前向きなタクトで語りかけてきます。
第2楽章は快速ながら緻密なアンサンブルが小気味よいです。
第3楽章はヒーリングミュージックのCDにもよく収録される穏やかな音楽ですが、やはりそこに没頭はしません。そよ風や空に浮かぶ雲が、何にも妨げられず、すうっと流れていくような様です。
フィナーレでは一転して戦闘的な厳しい音楽となりますが、メリハリのあるアクセントがいっそうの躍動感を演出しています。しかし次第に勢いが衰え、クラリネットが物語る張り詰めた空気から一転して晴れやかなコーダへ。
全曲を通して、木管セクションが中心になって作り出す澄んだ響きがとても魅力的な演奏です。
チャイコフスキー 交響曲第5番 カラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1971)
指揮 :ヘルベルト・フォン・カラヤン
録音:1971年 9月16日~21日、イエス・キリスト教会(ベルリン)
レーベル:EMI
カラヤンはチャイコフスキーの交響曲の録音を数多く残していますが、その中でも第5番のそれは5種類にも上るとのことです。
今回ご紹介するのは3回目の録音にあたります。
この演奏の魅力は、滾る熱気と、それを歌い上げる巧みなアンサンブルにあると感じます。
チャイコフスキー自身の孤独を投影したかのような象徴的なクラリネット、要所でポルタメントを織り交ぜながら感傷を吐露する弦楽器、大迫力で圧倒するのは金管、そしてとどろくティンパニ…
全曲を通して比較的ゆっくり目のテンポで音楽が進んでいきますが、決して弛緩することはなく、むしろ細部の表情の機微が直に伝わってきます。